時々、母をはじめとする昭和の花嫁たちに想いを馳せる。

母は、両親ともに教師の家庭で育ち、24歳で農家の長男である父と結婚した。

父は公務員で田舎の実家から県庁がある市内へ時間をかけて毎日通勤していた。

2人の結婚式の段取りは全て父方の祖父が決めた。

結婚式場は今にも潰れそうな市営の会館だったそうだ。

結婚後は、もちろん祖父母と同居。

母は結婚したその日から義理の家族から呼び捨てで呼ばれ、長年習っていた茶道や花道の教室に行くことも、勝手に出かけることも禁じられた。

2人に初の子どもが生まれた時、名前を決めたのは祖父母が信奉する命名師だった。

出産後の女性は穢れているからと言われ、母は自分の子どものお宮参りに参加することもできなかった。

そんな生活に嫌気がさし、父に抗議をすると殴られたという。

ついに、母は痺れを切らし、子どもを置いて自分の実家へ舞い戻った。

その後、自分で子どもの世話ができない父が母を迎えに来て、2人は父の実家を出ることにしたそうだ。

ところで私達夫婦は結婚式をしなかった。

それは、お互いにあまり必要性を感じなかったからだ。

両家の両親は私達の意向を尊重してくれた。

その時に、義理の母が話してくれたのは、自分の結婚式の時、自分が着る花嫁衣装すら当日に初めて見たとのことだった。

だから私たちには自分たちが思うようにしてほしいと言ってくれた。

 

多分、その時代によくあったことなのだろう。

当事者たちになんの決定権もない結婚をすることが。

 

女性だけではない、父も長男という枷を外せずにいたのだ。

そういう時代だったのだと想いを馳せる。

82年生まれキム・ジヨンはうちの母や義母が生きた時代より後の出来事で、国も文化も違う。

けれど、こんなにも情景が目の前に浮かぶのは何故だろう。

日本でもいまだに存在するのだろうと思ってしまうのは何故だろう。

みんな自由に生きたいね。


asukal

くまの○ーさんでいうところの○リストファー○ビンのポジション

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