こんにちは。
ふと、名刺作りたいなと思って名刺を作りました。
約10年ぶりにIllustratorを操作してデザインしたのですが、本当に良いソフトだなと思いながらも、なかなか思い通りにいかずブチギレながらなんとか出来上がりました。
とりあえず可愛く出来て満足しています。
さて、本日は今秋映画公開予定の平野啓一郎著『ある男』について感想を書いていきます。
『ある男』あらすじ
愛したはずの夫は、まったくの別人であった。
—「マチネの終わりに」から2年、平野啓一郎の新たなる代表作!
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。
人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。
ある男特設サイト
平野啓一郎さんの作品は初めて読みました。
私は、あまり恋愛小説は読まないのですが、『マチネの終わりに』が有名ですよね。
『ある男』登場人物
ここからはネタバレを含みますので、見たくない方はダンゴムシに解説していただきました動画を見てください。
■谷口大祐
優しく穏やかな男性。
他県から宮崎に引っ越し、林業に従事していた。
里枝と結婚し、子供をもうけるが仕事中の事故で亡くなってしまう。
その後、兄の恭一の弔問により、彼が「谷口大祐」ではないことが判明する。
大祐本人ではないので、通称”X”と表記される。
■谷口里枝
元夫との間に悠人と遼をもうけるが、遼を2歳という幼さで亡くした後、立て続けに父親を亡くす。
元夫と離婚し、横浜から宮崎の実家に移住し、文房具屋を営んでいたところ、大祐と出会い結婚する。
大祐が本物の「谷口大祐」ではないと知り、思春期の悠人との接し方にも悩む。
■城戸章良
里枝の離婚調停を担当した縁で、大祐の身元調査を引き受けることになった弁護士。
在日朝鮮人3世だったが日本に帰化している。
妻の香織とは、息子の教育方針や「思想」の相違であまり夫婦関係が上手く行っていない。
■谷口大祐(本物)
群馬の旅館経営一家の次男。
父親が肝臓を患い、父親から肝臓移植を迫られ、母親や兄との関係に嫌気が差していた。
里枝が結婚した”X”と戸籍を交換したのではないかと考えられるが、本人の所在は分らない。
『ある男』ポイント
■”X”の軌跡と城戸のアイデンティティ
まず、谷口大祐であるはずの里枝の夫が、谷口大祐ではないことが判明します。
当然、彼は誰なのかということになるので、ストーリーは”X”の正体を探りながら進んでいきます。
”X”の身元を調査する城戸は、在日3世ですが、子供の頃から日本人と同じ生活をして、在日コミュニティにも属さずに日本に帰化しているため、特別在日外国人としての意識もありません。
そのため、過激なヘイトスピーチを目にして、そのこと自体がおかしいとは感じても、自分自身にかけられている言葉だとは感じません。
しかし、妻の家族からの”気遣い”であったり、妻には、子供のためにもその血筋をなるべく隠した方がいいと言われるなど、周りからふんわりとそのアイデンティティに配慮されています。
自分自身の考えと周りからの視線の乖離を感じ、自分の存在に懐疑的になります。
その影響か、城戸は他人の人生を生きた”X”という人物の過去のみならず、内面にまで深く興味を持ち始めます。
他人を通じて自分を知っていく話とも取れますね。
■愛にとって過去とはなんだろう
この物語には、局所局所で愛について描かれます。
例えば、里枝と”X”、”X”と悠人、城戸と香織、城戸と息子……あるいは、城戸と大祐の元恋人である美涼など。
”X”は、自分の身の上を話す時、谷口大祐の経験した過去を自分のことのように話しました。
それを里枝は丸ごと愛しましたが、もちろん本当は”X”の過去ではありません。
じゃあ、里枝が愛した彼自身って何なのだろう?
”X”の正体、そして過去を知った上でも彼を愛せたのだろうかと里枝は自問自答します。
■環境から抜け出したい人々
本物の谷口大祐は、家族との不和で姿を消しています。
父親の肝臓移植のドナーになることを待望されて、それを断ることが出来ない空気に、家族との亀裂に悩まされていました。
城戸も、意識していなくてもつきまとう在日3世という肩書や弁護士という肩書が彼の肩身を狭くすることもありました。
そして、何と言っても”X”にまつわる過去はとても重いもので、本人の意思でどうにかできることではありませんでした。
こう言った点は、社会と個人が密接につながっていることを意識させられます。
『ある男』感想
■”X”に訪れた幸せが愛しい
確信的なネタバレは避けますが、悲しい境遇にいた”X”が掴み取った束の間の幸せは、彼の死後も存在しているように感じました。
里枝と悠人の親子が、お互いを理解したいと考えたように、そして、残された”X”との間に生まれた子、花を二人で守ると誓ったように、”X”が親子の愛を確固たるものに為し得たのだと思います。
正体は分からなくても、生前の彼の人柄や優しさが目の前の光景として映るような素敵な文章でした。
そして、彼に戸籍を譲った大祐ですら、こういう人に使って欲しいと考えたのですから、”X”はとても真摯な人だったのだと思います。
彼の境遇が、彼自身を愛させなかったけれど、彼自身はとても愛される人だったのだと思うと、束の間の幸せでしたがよかったなぁと思いました。
また、”X”は過去も含めて谷口大祐として生きていた様を考えると、彼自身がとても愛情深い人だったと思えます。
■「思想」が違う
城戸と香織の夫婦仲は決していいものではなかったのですが、城戸がその原因と考えたのが「思想」の違いです。
単に、政治的な意味ではなく、愛と結びつく考え方のことだと言えます。
例えば、震災の後、城戸は妻子を置いてボランティアに行くのですが、香織の立場からすれば、どうして小さい子供と妻を置いて他の人を助けにいかなければならないのだろうと思いますよね。
でも、城戸がやっていることも誰かが必要としていることであって、無駄なことではありません。
それを文中では「思想」の違いと表現されていましたが、何となく分かるなぁと思いました。
私は、キリスト教の学校で育ったので、ボランティアを強制されることが多かったのですが、全く自分のポリシーに合っていないボランティアにいつも違和感を抱いていました。
ですが、それを必要としている方も、当然助けるべきだと考えている方もいて、全然相入れないですよね。
夫婦間の問題となれば、愛と絡んで来るのも必然なのかなと思います。
■おっさんロマンスが入ってるな
なんか悪口っぽいのですが、文章を読んでいると多分作者が凄くナルシストなのだろうなという印象を受けました。
城戸が大祐の元恋人である美涼(美人で素敵な人)と良い仲になっちゃったりして〜と妄想したり、実は美涼も城戸に恋してたが理性を保って不倫はしない設定にしたりと、なんだか野暮だなと思ってしまいました。
それでも、城戸は自分の息子のことは確実に愛している点など、行動とそれこそ思想が乖離しているようにも思えました。
あと、里枝の離婚再婚に伴い、悠人の苗字が何度も変わる設定もすごく男性的だなと感じます。
実際は、母子家庭の再婚の場合、子供のために母親が戸籍筆頭主になることも多いのではないでしょうか。
特に、悠人のことを大切に思っていて、自身の過去に問題がある”X”ならば里枝の姓になる方が納得がいくのになぁと思いました。
個人的に、男性作家の作品が読みにくいなぁと感じる点はこういうディテールにありますね。
■ヒューマンミステリーとして秀逸
入りから引き込まれる設定でしたし、”X”という人物像が明らかになっていくたびに情景を想像したり、展開が変わっていくところにゾワゾワしたりととても楽しめる作品でした。
死刑制度やヘイトスピーチなどの社会問題がふんだんに盛り込まれている分、少し読みづらいとも思いましたが、それが物語や人物像を厚くしていく要素になっていたと思います。
結構、重めのヒューマンミステリーでしたが、少し幸福が残る不思議な作品だったと思います。
ということで、積読だったこの本を消化出来て非常にハッピーです。
映画もどんなふうに構成されていくのか楽しみですし、”X”役の窪田正孝さんがイメージにぴったりで嬉しいです。
次は、図書館で借りた森見登美彦さんのエッセイをゆったり読んでいきたいと思います。
では、また。
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